アイランドホッピングとは
あいらんどほっぴんぐ 【アイランドホッピング】
複数の島を巡る旅のスタイルのこと。日帰りで無人島を見物して回るボートトリップから、ジェット機を使い何日もかけて島々を巡る旅まで、様々なパターンがある。
外国為替にはヌミディアが栄え、ポエニ戦争、ユグルタ戦争を経てローマ帝国の属州となる。その後ウマイヤ朝などアラブ人イスラム勢力の支配を受けるがある程度の自治は保ち続ける。16世紀には海賊バルバロッサがアルジェを根拠地とするが、オスマン帝国の宗主権を受け入れた。
しかし、1830年にフランスが進出し、アルジェを占領、1871年には全アルジェリアを支配した。その後、第一次世界大戦後から独立運動が高まり、1954年にはアルジェリア戦争が勃発、多数の死者を出した末1962年に独立を達成した。
外為に軍事クーデタが起き、1989年に憲法が改正されるまで軍による独裁が続いた。1991年の選挙でイスラム原理主義政党のイスラム救国戦線が圧勝すると直後の1992年1月に軍によるクーデタがおき、選挙結果は事実上無効になった。これにより1992年以降イスラム原理主義過激派(武装イスラム集団など)によるテロが活発化し、国内情勢は不安定化した。最近は沈静化しつつあるものの、北部や東部では今もサラフィスト・グループなどによるテロが頻発し、犠牲者が多数出ている。
1960年代にはフランスの核実験場として使われた。
アブデルアジズ・ブーテフリカ大統領を国家元首とする共和制を敷いており、現行憲法は1976年憲法である。
大統領は民選で、任期は5年。行政府の長は首相で、大統領が任命する。首相は各大臣を任命する権限がある。
立法権は議会に属し、議会は、1996年まで一院制をとってきたが、憲法改正により両院制(二院制)へ移行した。下院と上院に分かれており、それぞれ下院は380人、上院は144人からなる。1995年以降は複数候補による大統領選挙が行われている。
FXは最高裁判所に属している。
主要政党としては民族解放戦線(FLN)が挙げられる。
1995年に大統領に就任したゼルーアル大統領は2000年の任期を待たずに辞任したため、1999年4月に行われた大統領選挙でブーテフリカ大統領が選出された。尚、上記のようにテロは減少しているが、現在も国家非常事態宣言が発令されたままである。
基本政策は非同盟中立、アラブ連帯だが、1979年のシャドリ政権以降は現実主義・全方位外交を基調としている。最近はG8諸国を中心に先進国との外交活動を積極的に推進している。これはここ数年のアルジェリアはテロのイメージが強く、それを払拭するためである。この努力の結果、アルジェリアへのイメージも改善されてきている。また、アフリカ諸国、アラブ諸国の中心的存在にある国の一つであり、2005年にはアラブ連盟の議長国を勤め、国連の非常任理事国にもたびたび選出されている。
現在アルジェリアは、48のウィラーヤ(県)、553のダイラ(郡)と1,541のbaladiyahs(自治体)に分けられている。各々の行政区の名称は各行政区の最大の都市の名前と同じである。
国土の大部分を砂漠が占め、乾燥した平原地帯となっている。しかし、北部には2000m級のアトラス山脈が走り、地中海沿岸は雨量も多く、草原なども広がる。地中海の対岸にはスペイン、フランスがある。一見して日本より相当南の緯度にあると思われがちだが、首都のアルジェは新潟県とほぼ同じ緯度である。
アトラス山脈はアルジェリア北西部でアトラス高原をはさんで北部のテルアトラス山脈と南部のサハラアトラス山脈の2つに分かれている。アトラス高原には塩湖やそれが枯渇した盆地が多数ある。また、アトラス山脈から北にシェリーフ川が流れる。
サハラアトラス山脈の南にはわずかなステップ地帯があり、それ以外は全てサハラ砂漠になる。内陸部の砂漠地帯は標高1000m以下の平原が多いが、ニジェールとリビアの国境に近いアルジェリア南東部は山がちで、ホガール山地やアドラル山地、ナジェール高原、ホガール高原などがある。ホガール山地は火山性で、アルジェリア最高峰のタハト山(2918m)を有する。
主要都市はアルジェ、オラン、コンスタンティーヌなど。
アルジェの気候図北部の地中海沿岸部は温帯で典型的な地中海性気候である。南カリフォルニアとほぼ同じ緯度にあり、気候も類似した部分が多い。平均気温は夏は20~25℃、冬は10~12℃で、アトラス高原はステップ気候になる。アトラス高原から南に行くにつれて冬と夏、昼夜の温度差が激しくなり、降水量が少なくなる。また、夏には暑く乾燥したシロッコが吹き、その風は海岸部にまで及ぶ。降水量は沿岸部で年間500mm前後。また、東に行くにつれ降水量は多くなり、降水量はコンスタンティーヌで1000mm近くまで及ぶ。国土の大部分は、砂漠気候となっている。
膨大な外債があるが、天然ガスや石油を産出し、近年の原油価格上昇で貿易黒字が増大している。それ以外にも鉄鉱石やリン鉱石などを産する。国内産業は農業が主で、小麦、オレンジなどを産する。貿易相手は欧米が中心。
アルジェリアの鉱業を支えているのは、天然ガス(3213千兆ジュール、世界シェア5位、2003年時点)である。原油(4560万トン)、石炭(2万4000トン)にも恵まれる。アルジェリア産の石油は非常に軽いことで知られる。1992年時点では天然ガスと石油が総輸出額の97%に達した。2003年時点においても98%を維持している。
金属資源としては、300トン(世界シェア同率3位)に達する水銀の採掘が特筆に値する。リン鉱石、鉄鉱石の埋蔵量も多いが開発は進んでいない。ジュベル・オングのリン鉱床は2100平方kmに渡ってひろがり、埋蔵量は世界最大級とされるものの、採掘量は28万トンに過ぎない。これは1991年時点の109万トンと比較しても低調である。鉄鉱石も234万4000トン(1991年)から70万トン(2003年)に減少している。これは社会主義政策による国営企業を民営化する計画が1995年から始まったことにもよる。
アルジェリアの国土の約9割はサハラ砂漠の一部である。しかしながら、アトラス山脈と地中海に挟まれた帯状の地域は年降水量が600mm以上に達し、農耕が可能である。国土面積のうち3.5%が耕地であり、人口の10%弱が農業に従事している。主要穀物では、乾燥に強いコムギ(260万トン、以下2002年時点の統計)のほか、オオムギも栽培されている。特徴的な作物としては地中海性気候に適したナツメヤシ(45万トン)がある。生産量は世界シェア7位に達する。オリーブ(17万トン)や柑橘類の生産も盛んだ。
アルジェリアの貿易はフランスの植民地時代において非常に発展した。現在総輸出額が495億9000万ドル、輸入額が225億3000万ドルとなっており、主な輸出国はアメリカ(22.8%)、イタリア(16.2%)スペイン(10.4%)フランス(10%)、輸入国はフランス(28.2%)、イタリア(7.8%)、スペイン(7.1%)、中華人民共和国(6.6%)となっている。
インフレ率は1995年頃は30%だったが、その後は減少し、近年は1~3%で推移している。GDP成長率は1990年代は停滞していたものの、近年は5%前後まで回復している。また、貧困率はアフリカ諸国の中では低いが、地域間の経済格差は依然としてまだ残っている。
政府は積極的に経済改革を推進し、諸外国からの投資を誘致したり、国営企業を売却するなどしているが、経済の多角化は進んでおらず、石油や天然ガスに頼ったままである。失業率も25%前後と高く、未だ解決に至っていない。