上げ潮とは

あげしお 【上げ潮】 満潮に向かう潮、満ちてくる潮のこと。“差し潮”と言う地方もあるようだ。 オンラインゲームの反乱等に見られるように、歴史上、『中進国』とされる国々の中では最も政情の安定していない国のひとつであり、この政情不安定さは1983年の民政移管後の失政や、2001年11月の経済破綻等、一連の経済不安や現在の極度に拡大した貧富格差の元凶とされている。この不安定さを国民統合が成功していない(国民全体に受け入れられる国民文化が成立していない)ことに求める言説は多い。 2001年のデフォールト以来、アルゼンチンは諸外国に大きく不信感を持たれ、1982年のマルビーナス戦争以来の国際的な孤立に陥ったが、現在は債務の返済などを軸に国際社会への復帰が進められている。アルゼンチンは南極条約締結国であり、南極の領有権を主張している。また、アルゼンチンはイギリスが実効支配するマルビーナス諸島の領有権を主張している。 ネットキャッシングはイギリスに周辺国化され、半ば属国のような感がありながらも、経済力を背景にスペイン語圏を代表する国家として旧宗主国スペインを凌ぐ勢いで権勢を誇り、北米において似たような立場にあったアメリカ合衆国をライバル視し、同国がモンロー主義の下で中南米を勢力圏に入れようとするのに対し、常に独自外交の元でアメリカ合衆国とは距離を置き、他のラテンアメリカ諸国とは一線を画していた。 また、ビーグル水道で領土問題を抱えていたチリとは伝統的に仲が悪く、第二次大戦後は何度か戦争直前にまで陥ったこともあった。1984年にローマ教皇フアン・パブロ2世の仲介により、アルゼンチンが系争地の三島のチリ帰属を認め、領土問題で妥協することにより友好関係が確立されたが、2004年に事前に連絡なくチリへの天然ガスの輸送を停止してしまったことが大きな外交問題となった。 アルゼンチンの最大のライバルはやはりブラジルであり、オリンピックやサッカーの大会がある度にお互いに強烈な対抗意識を持って争っていたが、ラウル・アルフォンシンの融和政策が功を奏し、現在ではお互いにメルコスールに加盟するなどの経済統合が進んでいる。 以上のような事情により、現在アルゼンチンはブラジルを軸としたラテンアメリカ統合の主要国として影響力を保っている。また、対外政策では一線を画しながらも石油、天然ガスを軸にしたベネズエラのチャベス政権との友好関係がキルチネル政権以来続いている。 仕事との関係も重要であり、最も仲の良い国家はスペインである。現在スペインには、言語が共通するために多くのラテンアメリカ人が出稼ぎ、移民として居住しているが、アルゼンチン人もその例外ではなく、多くのアルゼンチン人がスペインに移住している。 日本とは戦前からの長い友好関係が続き、マルビーナス戦争中にも日本がアルゼンチンとの断交を行わなかったなどの友好的政策は、現在でもアルゼンチンの知日家に高く評価されている。 2007年12月クリスティーナ・フェルナンデス・デ・キルチネル新大統領は、多国間主義とテロ根絶を強調した。 1989年に就任した正義党(ペロン党)のカルロス・メネムは1991年の湾岸戦争にラテンアメリカで唯一軍を派遣するなど先進国との国際協調路線を標榜し、孤立していたアルゼンチンを国際社会に復帰させた。また、徴兵制も廃止された。一方経済面では当初公約で掲げていたペロニスタの路線(社会民主主義)とは180度異なる新自由主義政策を取った。新自由主義は成功したかに見え、メネム特有のネオ・ポプリスモ政策と対ドルペッグ固定相場政策で、長年の懸念だったインフレを抑制し、アルゼンチン経済を持ち直したかに見えたが、1997年頃にはこの政策の無理が徐々に明らかになっていった。 履歴書、急進党のデ・ラ・ルア政権はデフォールトを決行し、国際的な評価は地に落ちた。 2003年、正義党からネストル・キルチネルが大統領に就任した。 2007年10月、正義党から、キルチネルの妻のクリスティーナ・フェルナンデス・デ・キルチネルが同国史上初の「選挙による」女性大統領に就任した。就任演説で「雇用と工業、輸出、農業を基礎とする新しい多様化した経済基盤」を構築すると述べた。2007年の経済成長率は8%を記録し、近年アルゼンチンは予断をゆるさないものの、再び回復しつつある。 カサ・ロサーダ 議会広場大統領を元首とする連邦共和制国家であり、首相を長とする内閣、上下二院制の複数政党制議会を備える。大統領、副大統領共に直接選挙で選ばれ、任期は4年。大統領と内閣は行政権を行使し、内閣の大臣は大統領によって任命される。2007年10月には大統領選挙により、イサベル・ペロンに続いて同国二人目の(選挙によるものでは初めての)女性大統領が誕生した。 立法権は国民議会と、元老院が有し、国民議会(下院)は定数257人、元老院(上院)は定数72人である。 司法権は行政、立法から独立している。 政党には現在の与党、正義党(ペロン党)の他、急進市民同盟(急進党)などがある。 ラウル・アルフォンシン1983年、大統領選挙と議員選挙が行われ、急進党が久々に政権に返り咲いた。大統領となったラウル・アルフォンシンは、軍政期からのインフレや対外債務、マルビーナス戦争による国際的孤立などの厳しい政局の中、経済面では上手くいかなかったが、長年敵対関係が続いていたチリ、ブラジルとの関係を大幅に改善し、この融和路線は後のメルコスール形成につながった。軍政時代に人権侵害を行った軍人を裁き、軍の予算や政治力を削減して行った。こうした政策に対して三度に渡る軍の反乱もあったもの、アルフォンシンは結果として軍を統制下に置くことに成功したといえる。任期を5ヶ月残して1989年に辞任した。 アルゼンチンの国土は、南北に3500km以上の長さに及ぶ、ブラジルについで南米で二番目に大きい国で、面積は全体で2,766,890km2になり、陸地のみでは2,736,690km2に、水域のみでは30,200 km2に及ぶ。 北は亜熱帯に属し、熱帯雨林が形成されている。西に、アンデス山脈、東にはパンパと呼ばれる大草原が広がる。パンパは国土の約20%を占める。ウルグアイ川とパラナ川に挟まれた地方は、メソポタミア地方でパンパと同じく草原地帯である。南緯40度付近に位置するコロラド川以南をパタゴニア地方と呼び、荒涼たる砂漠が広がっている。 湿潤パンパは年間降水量が750mm以上で、アルファルファ(マメ科・栄養があり、土地を豊かにする牧草)・とうもろこしなどを栽培し、牧牛をしている。半乾燥パンパは年間降水量が550mm以下で乾燥に強い牧羊をしている。移行地帯では小麦(年間降水量が550mm - 750mmが丁度良い)の栽培をしている。 アルゼンチンで最も標高が高いのはメンドーサ州のアコンカグア山であり、これは米州と西半球全体で最も高い山でもある。反対に最も標高が低いのはサンタ・クルス州のカーボン湖であり、海抜マイナス105mは南アメリカ大陸全体でも最も低い。国土の中心はラ・パンパ州の南西である。 また、アルゼンチンは、中華人民共和国と、北部の一部は中華民国、南部の一部はモンゴル国やロシアの対蹠地でもある。 なお、アルゼンチンは1904年から南極大陸の領有権を主張している。また、イギリスが実効支配しているマルビーナス諸島の領有権も主張している。